中国や日本だけではない、韓国のお茶
お茶のイメージは中国や日本と強く結びついているため、韓国の茶文化はまだなじみが薄いかもしれません。けれど韓国にも、長く豊かな歴史があります。
その中心の一つが河東です。智異山の麓、花開川沿いに続くこの土地は、1,200年にわたる韓国茶文化の発祥地として知られています。
始まり — 828年
河東茶の歴史は新羅・興徳王の時代、828年にさかのぼります。唐から帰った使臣・大廉(デリョム)が持ち帰った茶の種を、智異山の麓、花開川周辺の斜面へ植えたと伝えられています。
この出来事は、朝鮮半島における茶の栽培開始として歴史書『三国史記』に記録されています。
王室へ、そして海の向こうへ
肥沃な土壌、穏やかな気候、豊かな雨。河東の自然環境は茶樹が育つ条件に恵まれ、茶は香味の良さで早くから評価されました。
高麗時代には王室への貢茶として大切に扱われ、朝鮮時代には中国へ向かう使節の贈答品にもなりました。王族や貴族に愛されたことから「王の緑茶」と呼ばれることもあります。
途切れかけた時間
20世紀初め、日本統治期には大量に流入する日本茶、機械化された生産、植民地各地での増産が重なり、河東茶は大きな打撃を受けました。当時の多くの人にとって茶は手の届きにくいものでもあり、伝統的な茶園の多くが姿を消しました。
21世紀へ受け継ぐ
それでも地域の人々は、戦争と急速な経済成長、コーヒー中心の生活文化のなかで、土地の茶を静かに守り続けました。宝城と河東の生産者の努力により、2002年FIFAワールドカップの時期には韓国文化を伝える一つとして再び注目されました。
河東の伝統茶農業は2015年に韓国の国家重要農業遺産へ、2017年には国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS)へ認定されました。これは農産物としてだけでなく、山の地形に適応し、自然と伝統技術を両立してきた文化としての評価です。
河東の茶園の多くは家族で営まれ、栽培と製茶の知恵が世代から世代へ渡されます。岩の間や斜面に茶樹が根を張り、若い芽を手で摘む。その1,200年の時間は、今も一杯の中で続いています。





